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福岡高等裁判所 昭和29年(ネ)404号 判決

控訴人 被告 繁松良介 外二名

被控訴人 原告 大分トヨタ自動車株式会社

主文

控訴人等の控訴はいづれも棄却する。

控訴人繁松良介が被控訴人に対し右自動車の返還を求める請求及びこれが返還をすること能はざるとき損害賠償支払を求める請求は、これを却下する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「原判決中控訴人等勝訴の部分を除き、これを取消す。被控訴人の請求はこれを棄却する。被控訴人は控訴人繁松良介に対し別紙目録記載の自動車を引渡せ。もしその引渡をすることができないときは金八〇〇、〇〇〇円、及びこれに対する昭和二九年七月一九日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用認否は、

控訴代理人に於て「一、本件自動車は、原審共同被告飛松健一郎の所有に属していたところ、同人は控訴人川崎市助同洋父子の紹介によつて、山口県向津具村大浦漁業協同組合から昭和二八年二月一三日から同年三月九日までの間に買受けた鰮鮮魚代金七一七、八二八円の未払があり、控訴人繁松良介と訴外磯本芳男とが飛松の依頼によつて右代金を右組合に立替支払つたので、右飛松に対しその支払方を求めていたのであるが、飛松は同年四月一三日前記繁松、磯本の両債権者に対し、昭和二八年四月一三日現在金七一七、八二八円の債務のあることを承認し、その弁済方法として同月二五日限り右債権者の住所に於て無利息で支払ふことを約すると共に、その担保として本件自動車を前記両債権者に信託譲渡しその引渡をも了した。

しかし、その後右飛松は約旨に反して債務の支払をせず、訴外行徳兼代を介して前記担保物件の自動車を代物弁済として充当する旨の申入をしたので、本件自動車は完全に右債権者両名の共有となり、更に右両名は、訴外木口屋重雄に対する借入金債務五〇〇、〇〇〇円の代物弁済として、同訴外人に同年五月三日譲渡して之を引渡し、爾来本件自動車は同人の所有に帰し、且つ同人の占有するところであつた。しかるに被控訴人は、控訴人等三名に対する第一審判決の仮執行宣言にもとづき昭和二九年七月一九日山口地方裁判所萩支部所属執行吏藪木敬之に執行方を委任し、右木口屋が保管を依頼していた下関市西大坪所在原兼光方に於て同人の意思に反して本件自動車を取上げ、爾来被控訴人が本件自動車を占有使用して今日に及んでいる。

二、被控訴人と原審共同被告石井哲弥、同飛松健一郎との間の内部関係の如何は、控訴人等の知らないところであるが、仮に本件自動車が飛松の所有でなかつたとしても、かねて同人は自ら本件自動車を運転し、その車体マークにはの商標を記載していた関係上、控訴人繁松及び訴外磯本は本件自動車が飛松の所有に属するものと信じて善意無過失に同人から譲渡引渡を受けたのであるから、控訴人繁松竝びに訴外磯本は完全にその共有者となつたものであり、従つて同人等の譲受人木口屋重雄も亦完全な所有権を取得したのである。尚控訴人繁松と磯本とは本件自動車を運行用に供するものとして飛松から譲受けたものではなく、前記のとおり当初は売渡担保として提供を受け、最後に廃車処分によつて換価の上債権回収に充つるため代物弁済として譲渡を受けたのであるから、道路運送車両法による登録もせず、また、譲渡証明書等の授受もしなかつたのであつて、上記の様に廃車の目的で自動車の譲渡をなす場合には、同法所定の登録をなさずとも第三者に対抗し得るのである。

三、控訴人川崎市助及び同洋の両名は、本件自動車の所有占有の問題については無関係であるから、右両名に対しこれが引渡及び引渡不能の場合の賠償を命ずるのは失当である。又所有権確認の請求についても、右控訴人両名は単に飛松と繁松、磯本両名との間の債務支払について仲介しただけで、本件自動車には何等関与していないのだから、失当といわねばならない。

四、以上の諸点からみて、原判決は失当であるからこれが取消を求めると共に、控訴人繁松は民事訴訟法第一九八条第二項に基き仮執行によつて被控訴人の占有に帰した本件自動車の返還を求め、なおこれが返還不能の場合これに代る損害賠償として右自動車の価額に相当する金八〇〇、〇〇〇円と右執行の昭和二九年七月一九日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、

証拠として、乙第一乃至第一三号証(但し第六・七号証は各一・二)を提出し、当審証人磯本芳男・利田春九郎・木口屋重雄の各証言、当審における控訴本人川崎市助尋問の結果を援用し、甲第六・七・九号各証の成立を認め、第八・一〇号証は不知と述べ、

被控訴代理人に於て「一、本件自動車がもと原審被告飛松健一郎の所有に属し同人から控訴人繁松良介及び訴外磯本芳男両名に譲渡されて共有となり、更に訴外木口屋重雄に譲渡されたとの点は否認する。

仮にさような事実があつたとしても、右抗弁は既に時機に遅れた抗弁であるから、不適法として却下さるべきである。のみならず控訴人繁松はもとより、他の控訴人両名及び訴外磯本芳男等は、本件自動車が被控訴会社の所有に属することを知悉しながら、飛松健一郎に対する債権回収に急なる余り本件自動車を強引に持去つたものである。又訴外木口屋重雄の如きは控訴人等の使用している自動車運転手で、同人に本件自動車を譲渡したというのは全くの虚偽であつて、被控訴人の執行を免れんがため隠匿方法として事実上の占有者を転々としているにすぎない。

二、仮に控訴人等において右飛松から本件自動車の譲渡を受けたとしても、凡そ自動車の譲渡に関しては、自動車強制執行規則及び道路運送車両法によつて登録名義の変更等を必要とするところ、控訴人等以下総て右登録手続を経ていないのであるから、その所有権移転はこれを被控訴人に対抗し得ないばかりでなく、部分品についても廃車手続をせねばこれが売却はできない旨定められていて(同法第一五条)、車体・原動機等の処分は総て廃車証明を必要としているに拘らず、控訴人等は斯様な手続を何等履践していないから、部分品の所有権移転も被控訴人には対抗できない。

三、以上のとおり本件自動車の所有権は依然として被控訴人にあつて、控訴人等は共同して被控訴人の右所有権を侵害しているのであるから控訴人等に対し返還義務を認めた原判決は正当であるばかりでなく、被控訴人の仮執行宣言附原判決に基く本件執行には何等違法な点はないから、本件控訴はすべて理由がない。」と述べ、

証拠として、甲第六乃至第一〇号証を提出し、当審証人杉崎敦の証言を援用し、乙第四・五号証、第九乃至第一三号証の各成立を認め、その他の乙号各証は不知と述べたほか、原判決事実摘示に記載してあるところと同一であるから、これをここに引用する。

理由

一、成立に争のない甲第一号証と原審証人大塚益美・佐々木泰雄の各証言によれば、別紙目録記載の自動車は、昭和二八年一月二四日被控訴会社から原審被告石井哲弥に対し代金完済に至るまでは被控訴人にその所有権を留保する約定の下に代金一、二〇四、〇〇〇円で売渡されたもので、右買受人石井は代金の一部二七〇、〇〇〇円を支払つたにすぎず、約旨(契約と同時に三〇万円その後昭和二八年二月以降同年九月まで毎月末一一万三千円宛分割支払)に従つた残代金の支払をしないので、自動車の所有権は依然として被控訴会社に属していたものであることを認めることができる。

二、控訴人等は「仮に本件自動車が被控訴会社の所有であつたとしても、控訴人繁松良介及び訴外磯本芳男の両名は、これを原審共同被告飛松健一郎の所有物と信じて昭和二八年四月中に善意無過失により飛松より該自動車の譲渡引渡を受けたものであるから、民法第一九二条によつてその所有権を取得しその共有者となつたところ、右両名は更に同年五月三日訴外木口屋重雄にこれを譲渡したので、現在右自動車は右訴外人の所有に属する」と主張する。そして、成立に争のない乙第四・五号証、第一一乃至第一三号証、甲第六・七号証と当審竝びに原審における控訴本人川崎市助の陳述竝びにその陳述によつてその成立を認めることができる甲第二号証、原審証人佐々木泰雄・大塚益美の各証言、当審証人磯本芳雄・木口屋重雄の各証言及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば前記石井哲弥は本件自動車を買受後之を飛松健一郎に使用させて居つたところ、飛松は控訴人繁松良介及び磯本芳男に対し鮮魚代金立替による七一万円余の債務を負担するに至つたので、控訴人繁松及び訴外磯本は、飛松の遠縁にあたり且つ右鮮魚の取引につき飛松を繁松等に紹介をした控訴人川崎市助竝びにその子控訴人川崎洋等と相談の上、控訴人三名より飛松に対し強硬に右債務金の支払方を求めたが、飛松に於てその支払ができなかつたので、控訴人等は同年四月中旬頃飛松をして本件自動車を右債務の担保として債権者繁松と磯本に信託的に譲渡させ、次いでその後右自動車を以て右債務の代物弁済をさせたものであること、その後右控訴人等は被控訴会社が本件自動車の所在を追及してその取戻方に腐心しているのを知つて、下関海産罐詰株式会社の自動車運転手をしていて予てから知り合であつた訴外木口屋重雄に同年五月頃その自動車の保管方を依頼して被控訴会社の返還請求を回避していたので、同年六月一七日被控訴会社に於て控訴人等に対する仮処分決定を得、これに基き同月二〇日執行した際も遂に本件自動車の所在を知ることができず執行不能に帰したのであるが、その後約一年を経た昭和二九年四月頃第一審手続が終りに近づくや右訴外人木口屋は訴外原兼光に同人の経営する同市西大坪町所在の自動車整備工場空地に一時本件自動車を置かして貰ひ度い旨依頼して同所にこれを置いているうち、同年七月二三日仮執行宣言附原判決に基き仮執行を受け、本件自動車は被控訴会社に漸く返還されるに至つたことを、それぞれ認定することができて、前掲証人磯本芳男、木口屋重雄竝びに控訴人川崎市助本人の陳述中右認定に反する部分は当裁判所の措信しないところで、他にこれを覆えすに足る証拠はない。

然し乍ら、成立に争のない甲第九号証によれば本件自動車は昭和二八年一月一三日に被控訴会社(所有として登録されたまま今日に及んで居ることが明かである。而して、道路運送車両法によれば、すべて運行の用に供する自動車は登録原簿に登録することを要し、登録を受けた自動車の所有権の得喪は、その旨の登録を受けなければ第三者に対抗することができないこととなつて居つて、これ等の規定の趣旨よりすれば、登録原簿に登録せられた自動車については民法第一九二条の規定はその適用がないものと解するのが相当である。のみならず、控訴人繁松と訴外磯本が飛松から本件自動車を譲受くるに際し、登録原簿の記載や前示法律第三三条所定の譲渡証明書等によつて、所有者を調査し確めた様な形跡は本件すべての証拠によつてもこれを認めることが出来ないので、仮に繁松・磯本が本件自動車を飛松の所有と信じたとしても、左様に信ずるにつき全く過失がなかつたものとは到底認め難いのである。従つて、民法第一九二条により繁松・磯本が本件自動車の所有権を取得したものとなす控訴人等の主張はいずれにするも採用の限りでない。又控訴人は「本件自動車は解体処分の上控訴人繁松及び訴外磯本の債権に充当する目的を以て譲渡されたのであるから、民法第一九二条の適用があり、且つ之に基く所有権取得については登録がなくても第三者に対抗し得る」かの如き主張をするけれども本件自動車については今日に至るまで被控訴会社の所有としての登録が存在して居り、解体若しくは用途廃止によるまつ消登録(前記法律第一五条参照)は為されて居らない、のみならず、事実上も繁松及び磯本が飛松から譲受けた当時は勿論のこと、その後木口屋が預つた後に至るまで自動車の形態機能を失うことなく、依然として運行に使用されて居つたことが、成立に争いない乙第一一号証及び当審証人杉崎孰及び控訴人川崎市助の陳述等によつて明かであるから、右主張も採用に値しない。

三、以上の如く本件自動車の所有権が被控訴会社に在るものであり、控訴人等がその占有者と認むべきものである以上、被控訴人の本件所有権の確認及び自動車返還の請求は正当として認容しなければならない。控訴人等は、本件自動車の所有権が控訴人繁松及び訴外磯本の共有に帰したとして「右両名を共同被告としない本訴提起は不適法として却下さるべきである。」と主張し、又「控訴人等に対する仮執行宣言附原判決に基き第三者たる前記訴外木口屋の所有竝びに占有に属する本件自動車に対し為された執行は違法である。」と主張するもののようであるが、被控訴人は本件自動車の所有権は依然として被控訴人にあり、控訴人等が不法にこれを占有して居ることを理由としてこれが本訴請求を為しているものであつて、右事実が認定せらるる限り請求は認容せらるべきであつて、控訴人の右の様な主張は全く失当であり採用の限りでない。尚控訴人川崎市助及び同洋は本件自動車の占有については何等関知していないもののように主張し、前記の如く飛松との間に自動車譲受の契約を為した者は控訴人繁松と訴外磯本の両名に相違ないけれども、控訴人川崎両名も、被控訴会社よりの本件自動車の取戻しを防止する為に、繁松・磯本等と共同工作したものであり、従つて第一審判決の仮執行が為されるまでは、控訴人川崎両名も繁松・磯本と共同して該自動車を占有して居つたものと認むべきこと前記の通りであるから、同控訴人等に対する本件自動車所有権の確認の請求はもとより、これが引渡をも求める請求もまた正当と云わねばならない。而して本件自動車の時価が金八十万円と認めらるることも原判決理由に示す通りであるから、原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

なお、控訴人繁松良介は前示仮執行による自動車の返還及びその返還不能の場合の損害賠償として金員の支払を求める申立を為したが、その申立書には所定額の印紙の貼用がなく、当裁判所の補正命令にも従わないので、不適法として却下すべきである。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九三条、第九五条、第二二八条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長判事 森静雄 判事 竹下利之右衛門 判事 厚地政信)

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